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2017/07/24 (Mon)

 きのうに続いて、銃のことを書きたい。米国で銃問題を取材したとき、銃器店で、銃口を我が身に向けてくれ、と頼んだことがある。どんな気がするのか試したかったからだ。

 笔者想接着昨天的天声,继续写些有关枪的事情。在美国就枪的问题进行采访的时候,在枪械店里,曾要求店主将枪口朝着我自身方向递过来,这是为了亲身体验一下被枪指着是种什么感觉。

 弾を込めた、冷ややかな銃口が胸の前で止まると、息が詰まった。撃たれないと分かっているのに、怖気(おぞけ)が体を突き抜ける。わずか10秒ほどだったが、人を萎縮(いしゅく)させる「暴力」のおぞましさを、垣間見る思いがした。

 当已装上了子弹的冰冷枪口在胸前停下来时,笔者瞬时屏住了呼吸。虽然知道不会受到枪击,但不寒而栗的感觉穿透全身。前后仅仅只有10秒钟左右,但笔者认为自己已经窥见到了这能夺人性命的“暴力”的残忍面目。

 その暴力に、民主主義は何度も苦い汁を飲まされてきた。「投票(バロット)は弾丸(ブレット)より強い」と言ったのは、米の16代大統領リンカーンである。民主主義の象徴のように語り継がれる彼もまた、南北戦争のあと凶弾に倒れている。米の政治は弾丸との戦いでもあった。

 对于这种暴力,民主主义已经多次尝到了苦头。美国的第16届总统林肯曾说过,“民主投票要强于子弹”。而被后世誉为是民主主义象征的他,也在南北战争之后被人枪杀身亡。美国的政治和子弹的战争延续不断。

 弾丸が投票を脅かす事件が、日本で起きた。長崎市の伊藤一長市長が、選挙戦のさなかに銃で撃たれ、命を落とした。動機が何であれ、選挙の候補者を狙った凶行は、民主主義への卑劣な挑戦にほかならない。

 在日本也曾发生过用子弹来威吓民主投票的事件。长崎市的伊藤一长市长在选举的高潮时期,被人枪击身亡。要说其动机为何的话,狙击选举候选人的罪行,除了对民主主义的卑劣挑战外不作他想。

 伊藤氏は被爆地の市長として、核廃絶に奔走してきた。95年には外務省の圧力をはねのけ、国際司法裁判所で「核の使用は国際法違反」と証言した。銃という、やはり人間の作った武器で命を奪われたのは、無念だったに違いない。

 伊藤先生作为曾遭受原子弹轰炸地区的市长,一直在为废除核武器而奔走。1995年时曾不管外交部的压力,在国际司法法庭上作出证言道“使用核武器违反了国际法”。枪这种由人类制作的武器夺人性命的事是毋庸置疑的。

 「次の世代のために毎日の小さな変化を積み重ねていくのが民主主義」。米の作家ノーマン・メイラー氏は昨年、朝日新聞に語った。その民主主義と、暴力で人をねじ伏せるテロとは、何があっても相容(あいい)れないことを、あらためて、つよく確認したい。 

 去年,美国的作家诺曼·梅拉在朝日日报中曾说道,“民主主义是为了下一代而重复积累着每日的小变化”。希望能再一次好好地确认一下,这种民主主义与利用暴力使人屈服的恐怖主义之间势不两立的矛盾。

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