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2017/07/28 (Fri)

 美しいものより美しいのは、美しいものが荒廃した姿である――オーギュスト・ロダン。彫刻家ロダンの作品が、がぜん官能の色を帯びる一時期がある。弟子で愛人のカミーユと暮らした1880年代だ。

比美丽的事物更美的,是美丽的事物颓败的姿态——奥古斯特·罗丹。雕刻家罗丹的作品,有段时期忽然带有感官的色彩,那时正是他与弟子兼爱人卡谬一起生活的1880年代。

 18歳で42歳のロダンと出会い、やがて身を引くカミーユ。女として芸術家として独り立ちに挑むも、世界に飛躍していくロダンへの愛憎、孤独、貧苦の果てに心を病む。78歳で没するまでの30年は、南仏の精神科病院にいた。

卡谬18岁时与42岁的罗丹相爱,但没多久她就离开了。之后由于作为女性艺术家的她要独自面对挑战,以及对活跃于社会上的罗丹的爱恨、孤独、贫苦等原因落下了心病。直到78岁去世的前30年,她都是在南部的精神病院里度过。

 その激しく悲しい、さまよえる魂が、浅春のパリに「着物姿」で帰ってきた。京都の日本舞踊家、西川千麗(せんれい)さんがこのほど披露した創作舞「カミーユ・クローデル」(04年作)だ。

那个激烈的、悲苦的、彷徨的灵魂,以“和服之姿”回到了初春时分的巴黎。这即是京都的日本舞蹈家西川千丽披露了卡谬经历的创作舞蹈“卡谬·卡罗迪尔”(04年作)。

 フランス人の生き様を、バレエやオペラではなく日舞に転写するには、言葉や顔立ちに頼らぬ表現力がいる。黒装束の千麗さんは、栗色の髪を垂らし、金の扇2枚で文化の壁に向かった。舞の頂点で、ぽとり、ぽとりと扇が落ちる。恋心、ロダンとの子、創作熱、正気。カミーユが喪失したあれやこれやを、散る扇に込めた。

不用芭蕾或是歌剧而改用日本舞来描写法国人的生活方式,使其拥有不依赖于语言或容貌的表现力。一身黑色装束的千里女士,垂下栗色的头发,以2把金色的扇子迎向文化的壁垒。在舞蹈的高潮之处,扇子啪嗒、啪嗒地掉落。恋慕之心、与罗丹的孩子、创作热情、理智,卡谬所丧失的一切都涌入到了散落的扇子中。

 20年ほど前にカミーユを知り、いつかは舞うと心に決めた舞踊家は「自分を空っぽにし、心に住みついた彼女に身を任せた」という。舞台に見入ったカミーユの縁者たちは「この美しさなら本人も幸せ」と喜んだ。

约在20年前知晓了卡谬的故事后就决心一定要将它搬上舞台的千丽女士曾说过,“忘却自己的一切,而把身体交付给住在心里的卡谬”。为舞台上的表演而着迷的卡谬的亲戚们也欣喜地说,“是这般美丽的话,她本人也会觉得幸福的”。

 実弟で、大正から昭和に駐日大使を務めたポール・クローデルは書いている。「禅宗によれば、偉大なる真理は言葉ではなく、ある種の伝染により心に届く」。日舞に織り上げた「荒廃の美」もまた、時空を超えて伝わった。 

卡谬的弟弟,自大正到昭和时代一直担任驻日大使的保罗·克罗迪尔如此写道,“根据禅宗所述,伟大的真理不是通过言辞,而是经由某种种子的传播而到达他人心中的”。用日本舞所编织的“颓败之美”,也超越了时空传达开来。

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