忍者ブログ
|| Admin ||
Life is a pure flame, and we live by an invisible sun within us.
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

2017/07/29 (Sat)

 日に日に春がたけていく。この季節の「宵の刻」には、そこはかとない風情がある。

日复一日,春意渐浓。这个季节的“傍晚时分”有着别样的风情。

 「春宵一刻値千金(しゅんしょういっこく・あたいせんきん)」で始まる漢詩が思い浮かぶ。宋の詩人、蘇軾(そしょく)の絶句「春夜(しゅんや)」である。「花有清香月有陰……」(花に清香あり、月に陰あり……)と続く、甘美な詩句を愛唱している人も多いだろう。

笔者不由得想起一首以“春宵一刻值千金”为开头的中国古诗。那是宋朝诗人苏轼的绝句《春宵》。接着是“花有清香月有阴……”想来会有很多人喜欢吟诵这样优美的诗句吧。

 「宵のうち」という表現が、気象庁の予報用語から消えることになり、惜しむ声が相次いでいる。午後の6時から9時をさすが、もっと遅い時間だと誤解する人がいるからという。新しい表現は「夜のはじめごろ」になる。機能的だけれど、いまひとつ趣を欠く。

“宵のうち(傍晚时分)”这种表达方式,将从气象厅的天气预报用语中去除,惋惜之声此起彼落。其原指午后6点到9点,但似乎也有人将其误解为表示更晚的时间。新的表达方式是“夜のはじめごろ(夜晚开始之时)”。虽然表意明确,但却少了些韵味。

 気象庁は時おり用語を見直していて、10年前には「夜半(やはん)」が消えた。そのとき「宵のうち」も危なかったが、「宵っ張り」や「宵待ち草」など身近な言葉が多かったため、目こぼしされて残ったいきさつがある。

气象厅偶尔会修订某些用语,10年前取消了“夜半”一词。当时,“宵のうち”也有被取消的危险,但据说因为有很多诸如“宵っ张り(夜猫子)”、“宵待ち草(月见草)”等与其相关联的表达,于是就睁一只眼闭一只眼地保留了下来。

 時を表す古い言葉には、それぞれ“表情”がある。「たそがれどき」は寂しげだが、「火(ひ)点(とも)し頃」は盛り場のざわめきを聞く気分がする。夜明けの前後をいう「かわたれ」や「朝まだき」は物静かだ。だが「払暁(ふつぎょう)」とくれば一転、まなじり決した軍事作戦をほうふつとさせる。雰囲気のある言葉が消えていくのは寂しい。

 表示时间的古语,各有各的“表情”。“たそがれどき(黄昏一刻)”是孤寂,而“火点し顷(掌灯时分)”则透露出闹市的喧闹繁华的气氛。表示黎明前后的“かわたれ(晨曦)”和“朝まだき(黎明)”是静悄悄的。但「払暁(拂晓)」却完全相反,似乎即将面临一场决绝的军事作战。饱含韵味的词汇正渐渐消失,让人倍感失落。

 戦後すぐに当用漢字を定めたとき、「魅」の字はいったん選にもれたという。国語審議会である有名作家が、「これがないと日本語に魅力がなくなるなあ」と注文をつけ、それで息を吹き返したそうだ。気象庁の会議では、「天気予報に魅力がなくなる」という声は出なかったのかなあ。 

 战后不久决定现用汉字时,“魅”字曾一度落选。据说是国语审议会上一位著名作家,批注道“如果没有它日语的魅力就失去了”,因而“魅”字才得以重新入选。在气象厅的会议上,难道就没有人出声呼吁“天气预报的魅力就要消失了”吗?


只是天气预报不用而已,又不是要彻底废除掉……
我觉得我们的中文才真真博大精深,尤其是律诗绝句,几十个字就能表达深远的意义,而且字字都经过琢磨,恰到好处。
吟诵一下,朗朗上口,还很能陶冶性情,这才是智慧的结晶啊。

拍手[0回]

PR
Trackback URL
Powered by ニンジャブログ  Designed by ピンキー・ローン・ピッグ
忍者ブログ / [PR]