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2017/10/17 (Tue)

 朝日歌壇のファンには、輪島市の山下すてさんを覚えている方も多いだろう。80年代から90年代にかけて、自らの住む能登の四季を情感豊かにうたい、毎週のように入選を重ねた。

 对朝日歌坛的歌迷来说,想必有很多人都会记得轮岛市的山下sute先生吧。80年代到90年代间,他曾用丰富的感情咏唱了自己居住着的能登市的四季美景,几乎每周都重复入选。

 〈遠山に雪まだあれど晴れし日は頬を包みて野火を放ちぬ〉〈沖の蒼(あお)いよよ極まる朝市に紫蘇(しそ)も売られて梅の漬けどき〉。もう亡くなられたが、歌には、風土に根ざした確かな暮らしが詠み込まれていた。

 (遥远的山上,积雪依旧,晴日里遮着脸颊在野地里点燃篝火)。(深蓝的海面广阔无垠,早市上热卖着紫苏,正是腌渍梅子的季节)。虽然山下先生已经过世,但他的歌声中,充满了扎根于当地风俗的真实生活气息。

 能登半島地震で被害の大きかったその輪島市へ、この週末、大勢のボランティアが入った。暮らしを覆された人たちには、心強かったことだろう。高齢の女性は、「もったいなくて」と声をつまらせていた。駆けつけた側にも気負いはなく、阪神・淡路大震災で芽吹いたボランティアが、普通の善意として定着している印象を受けた。

 这个周末,大批的志愿者来到了在能登半岛地震中受害惨重的轮岛市。这对生活被颠覆了的人们来说,是件鼓舞人心的事情吧。一位年迈的婆婆哽咽着说道“真是太感谢了”。急忙赶来的志愿者们也没有令人失望,从阪神·淡路大地震时组建起来的志愿者们,带给人们的印象是凭着股普通的善意而留下来的。

 2年半前の新潟県中越地震で被災した旧山古志村(長岡市)では昨日、ようやく、すべての地域で避難指示が解かれた。住民が立てて歩くのぼり旗には、「元気をありがとう」と、長い励ましへの感謝が染め抜かれていた。

 2年半前在新泻县中越地震中受灾的旧山谷志村(长冈市),终于于昨日解除了全部地区的避难指示。居民们竖立起的旗帜上写着“多谢大家的鼓励”,充分表达了对长期以来带给他们鼓舞的人们的感激之情。

 能登の人たちにとっても、長いのはこれからだ。一時の関心で終わらず、能登が「忘れられた被災地」にならないよう、私たちは心したい。ニュースの中心の輪島市だけでなく、被害の大きい志賀町や穴水町のことも忘れまい。

 对能登的人们来说,更长远的是今后的日子。我们衷心地希望这一时的关心不会终结,能登不会变为“被遗忘的受灾地”。不只是新闻中重点报道的轮岛市,我们也不能忘记同样受灾严重的志贺镇和穴水镇。

 冒頭の山下さんに、こんな歌もある。〈花冷えに藍(あい)大島を畳むかな帰り来る家あるは倖(しあわ)せ〉。新潟の避難指示は解かれたけれど、なお千人以上が戻る家なく仮設住宅にいる。そのこともまた、忘れまい。 

 开篇提到的山下先生有这样一首歌。(寒冷的花季,折叠起蓝色的和服,有家可回最是幸福)。虽然新泻的避难指示已经解除,但仍有上千人居住在临时避难所里无家可归。这些事情也不能忘记。

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